2021年07月06日

優しい嘘

「母は生きている」祖母に13年間“優しい嘘”をつき続けた孫(中国)

Techinsight

仲良しだったジンさんの祖母と母(画像は『Oddity Central 2021年6月30日付「Woman Recruits Someone to Lie to Her Grandmother for 13 Years, Out of Kindness」』のスクリーンショット)

肺がんで余命いくばくもないことを知った女性は、娘にあるお願いをしてその生涯を閉じた。そして娘は母との約束を頑なに守り、10年以上にわたり大切な祖母に優しい嘘をつき続けた。心打たれるニュースを『Oddity Central』『今日頭条』などが伝えている。

中国・陝西省西安市に住むチェン・ジンさん(Cheng Jing、46)は数年前、大好きだった祖母を100歳で亡くした。ジンさんは祖母が亡くなる13年前には母チェン・コンロンさん(Cheng Congrong)を亡くしていたが、祖母は生涯、その事実を知ることはなかった。

1917年生まれの祖母は30代で未亡人となり、一人娘のコンロンさんを女手一つで育てあげ、再婚もしなかった。

母の愛情を一身に受けて育ったコンロンさんは結婚をきっかけに独立し、ジンさんを含む4人の子供に恵まれた。しかし家計は苦しく最初の夫とは離婚、生活していくため母に子供を預けることもあり、とにかく必死に働いた。

しばらくしてコンロンさんは再婚したが、幸せは長くは続かなかった。コンロンさんは肺がんを患って急激に体調が悪化し、余命いくばくもないことを自ら知った。

悩んだ結果、コンロンさんは子供たちにこんなお願いをしたのだった。

「私はもう長くはない。母には病気のことは言わないで。そしてもし私が死んでも、そのことは伝えないで欲しい。」

ジンさんら4人の子供たちは苦労続きの母の死期が迫っていることに苦悶し、母の最期の願いに絶句した。

一方のコンロンさんはというと、時間を見つけては母に電話し、たわいもない会話をして元気であることを装った。そして文字を読むことができない母のために、こんなメッセージを録音し遺していた。

「母さん、寒くなったから身体に気を付けてね。薬を飲むのを忘れちゃだめよ。」
「朝起きたら、ゆっくりと身体を起こしてね。バランスを崩して倒れたりしたら大変だから。」
「できるだけ早く会いに行くから待っててね。」

こうして2003年にコンロンさんが亡くなると子供たちは母との約束を守り、祖母の前では平静を装った。特にジンさんは祖母にできるだけ電話をし、母が遺したメッセージを流して聞かせた。電話口でジンさんは、まるで母がすぐそばにいるように会話をし常に明るく振舞った。

しかし祖母は必ず、こう聞いてきた。

「なぜコンロンは私を訪ねて来ないんだい?」

胸を痛めながらもジンさんは、嘘に嘘を重ねてその場をしのいできた。しかし数か月経つとそれも限界に達し、ジンさんは新聞に「こんな人を探しています」と投稿すると、母と似た声を持ち、西安訛りのマンダリン(中国の標準語)を話すチェン・ウェイピンさん(Chen Weiping) を探し当てた。ジンさんはウェイピンさんにコンロンさんの代わりになってもらい、祖母に電話をしてもらおうと考えたのだ。

ウェイピンさんは当時のことを「ジンさんから事情を聴いて、胸が締めつけられました。そしてジンさんからコンロンさんの人生や家族について書かれた10ページにわたる書類に目を通し、彼女の依頼を引き受けることにしたのです」と振り返る。

こうして心の準備が整うと、ウェイピンさんはジンさんの祖母に電話をかけ、こう聞いてみた。

「母さん、元気だった?」

しかしジンさんの祖母はそれが自分の娘であることを疑い、「あなたは誰なんだい?」と何度も聞いてきたそうだ。しびれを切らしたジンさんが「母は今、風邪を引いているのよ」と電話に出ると、ようやく納得したようだったという。

ウェイピンさんはその後、娘として事あるごとに電話をし、ジンさんもまめに祖母を訪ねて「母は元気よ」と伝えてきた。そうしていつの日か、母コンロンさんが亡くなって13年の月日が流れていた。

ウェイピンさんは電話口での会話について、「誕生日などには必ず電話をしましたよ。『心臓の手術をするから、しばらくは行けない』と伝えると、『私のことはいいから、自分の身体を気遣いなさい』と言われたこともありました。亡くなる少し前には、『今は会いに行けないけど、母さんはまだまだ元気だから大丈夫ね。ただ100歳の誕生日には、這ってでも会いに行くわね』と約束をしたのですよ」と苦しい嘘を重ねたことを明かした。

ジンさんによると、祖母が楽しみにしていた100歳の誕生日には孫や親戚が一堂に会したが、祖母はどことなく寂しそうだったという。

「祖母は口には出しませんでしたが、母が姿をみせなかったことで落胆していたのは一目瞭然でした。でも私は、母がすでに亡くなっていることを言う勇気は最期までありませんでした」とジンさん。祖母は100歳の誕生日から2か月後に息を引き取り、最期まで「娘は生きている」と信じていたという。

ジンさんは今年3月、中国のテレビ番組に出演し「嘘をつくのは決して楽ではありませんでした。でも私は祖母にとって最善のことをしたと思っています」と涙ながらに語り、亡き祖母と母の2人を偲んだ。

posted by 里奈Я(りな) at 07:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする